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Saturday, February 6, 2021

<紙上落語会>スカッと 立川志の八「三方一両損」 - 東京新聞

 昨夏以来の紙上落語会の始まり。本日は立川志(たてかわし)の八(はち)「三方一両損(さんぽういちりょうぞん)」をお届けします。三両、今なら何十万円もの大金を巡る江戸っ子の意地の張り合い、名奉行大岡越前(めいぶぎょうおおおかえちぜん)の懐深いお裁き…。長引くコロナ禍でギスギスした世の中ですが、心温まりスカッとする一席をお楽しみください。

 「おう、神田小柳町(かんだこやなぎちょう)(現在の東京都千代田区神田須田町)大工の吉五郎(きちごろう)ってのはお前(めえ)か」

 「いかにも俺(おれ)が吉五郎だ。そういうお前はどこのどいつだい?」

 「俺は左官の金太郎だ。おい間抜け、お前今日柳原(やなぎはら)(現同区から中央区)でもって三両と印形(いんぎょう)と書付(かきつけ)(勘定書き)が入った財布を落としたろ。俺が拾ってわざわざ届けてやったんだよ、ほれ、受け取れ」

 「恩着(おんき)せがましい野郎だな。確かにこれは俺の財布だ。まぁ印形書付はお前にやったってろくなことに使わねぇだろうから、ほら駄賃(だちん)だ。三両くれてやらぁ」

 「おい、嫌(いや)なまねすんなよ。そんなもんが欲しいがために届けたわけじゃねぇ」

 「うるせぇ、こん畜生(ちくしょう)さっさと受け取れ。ガタガタ抜かしやがると張り倒すぞ」

 「面白(おもしれ)ぇなぁ。どこの世の中に財布を届けて張り倒された奴(やつ)がいるんだ、やれるもんならやってみろ!」

奉行所の裁きの場「お白洲」をイメージした娯楽施設=三重県内で

奉行所の裁きの場「お白洲」をイメージした娯楽施設=三重県内で

 「おぉ、そうかい」

 「…痛っ! この野郎、本当にやりやがったな」

 「やったよ、だったらどうにかなるってのか」

 「当たり前じゃねえか、こうしてやるよ!」

 「…また吉公(きちこう)の野郎か、どうしてすぐそうやって喧嘩(けんか)するんだろうね。おい吉公、やめろ!」ってんで見かねて止めに入った長屋の大家(おおや)さんなんですが、「うるせぇ、このクソったれ大家!」「何をこの野郎! どこにクソをたれねぇ大家がいるんだよ!」ってんで、大家さんも巻き込んで喧嘩になっちゃった。どうにも収まらないのでお奉行(ぶぎょう)様にお任せするということになりました。

 さぁ、お白洲(しらす)(裁きの場)。こういう時に出てまいりますのは、大岡越前守(えちぜんのかみ)様と相場(そうば)が決まっておりますんで…。

 「神田小柳町、大工職吉五郎、面(おもて)を上げい。願書の趣(おもむき)によれば、その方(ほう)が財布を落とした折、そこへ控えし金太郎が届けた。だが、礼を申すどころかその金太郎の面体(めんてい)打ち打擲(ちょうちゃく)(たたくこと)に及んだとの文面だがどうじゃ? 何故(なにゆえ)かような放埓(ほうらつ)な振る舞いに及んだ」

 「確かにこの金太郎はうちに財布を届けに来ました。中には三両と印形書付が入ってましてね。印形と書付はこいつにやっても仕方ございませんので、あっしが受け取りましたが、あとの三両はもうあっしの懐(ふところ)から出た金ですからね。こいつに駄賃ついでにくれてやるって言ったんですが、いらねぇって言いやがんですね。言っても聞かねえんだったら張り倒すぞって言ったら、やれるもんならやってみろと言うもんですから、そこまで言われてやらないのも角(かど)が立つかなと思いまして、ポカリとやったところ喧嘩になったという訳でございます」

 「面白(おもしろ)き男じゃのぉ。ならば金太郎、その方は何故その折、吉五郎より三両受け取らなんだ」

大岡越前守の人形=2003年、石川県内で

大岡越前守の人形=2003年、石川県内で

 「は? 冗談じゃありませんよお奉行様。あっしはね、駄賃もらいたいから届けたわけじゃありませんよ。困ってると思うから届けたんだ。それをこの野郎、三両持ってけって放り投げやがったんだ。こちとら銭(ぜに)ずくで動くおあにいさんとおあにいさんの出来が少しばかり違うってんですよ」

 「左様(さよう)か。ならばどうじゃ。その三両この奉行が預(あず)かり置くがよいか。しかし、誠(まこと)に面白き者共(ども)よのぅ。わしはその方らが気に入った。褒美(ほうび)をとらせるぞ」ってんで控えております者に目配(めくば)せしますと、目の前につーっと一両運んでまいりました。

 「その方らより預かりし三両にこのわしが一両を足し、二両ずつ分けその方らに下げ渡す、よいか。此度(こたび)の公事(くじ)、三方一両損とする。分かるか? 分からぬならば教え遣(つか)わす。吉五郎、金太郎がその方に財布を届けた折、そのまま三両受け取りおかば、その方の手には三両残っておった。金太郎も吉五郎より三両もらいおかば、その方の手にも三両残っておった。してこの奉行もその方らより三両預かりおかば、わしの手にも三両残っておった。それにわしが一両足し、二つに分けその方らに二両ずつ下げ渡した。三方が一両ずつ損をしたということになるであろう。喧嘩両成敗(りょうせいばい)、三方一両損じゃ」

 「聞いたか吉公、三方一両損だってよ。さすがお奉行様だよ」

 「此度の公事これにて一件落着(いっけんらくちゃく)と相成(あいな)るが、いささか調べに時を移したのう。空腹を覚えたであろう、膳部(ぜんぶ)をとらせるぞ」

 「何だって? やっぱり全部くれるっての?」

 「そうじゃないよ、お前は。ごちそうしてくれるってんだよ」

 「お奉行様が? いや〜ありがとう存じます」

 「ならば膳部の支度をこれへ」ってんで、ごちそうがどんどん運ばれてくる。

 「おい吉公見ろ、鯛(たい)の尾頭(おかしら)付きだよ。まさかお奉行様に鯛をごちになるとは思わなかったな」

 「どうでぇ、今度また鯛が食いたくなったら二人で喧嘩しようじゃねぇか」

 「そいつはいいなぁ。お奉行様ありがとうございます。ちょうど腹ぺこだったんですよ。こんなごちそうがあれば、おまんま何膳だっていけますよ」

 「これこれ、いくら空腹じゃからとて一度に食すことはない。腹も身の内じゃ」

 「冗談ですよ、せっかくお奉行様にごちになるんですから、そんなに多かぁ(大岡)食わねえ、たった一膳(越前)」(構成・戒能真理=構成作家)

<たてかわ・しのはち> 1974年5月24日生まれ、横浜市出身。2000年、立川志の輔に入門。「志の八」を名乗る。09年二つ目、17年真打ち昇進。横浜や東京・渋谷などで定例会を開いている。

※志の八の「三方一両損」も収められたCD「5分落語」が10巻まで発売中(写真は第9巻)。子どもや初心者にも好評という。

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